当事者にしか分からない闇

こんばんは。
アイドルグループの元メンバーが飲酒運転で捕まりましたね。
数年前に問題を起こし、その際にアルコール依存症であることが明るみになりました。現在は治療中であったと聞いている中での今回の事件でした。

アルコール依存症、薬物依存症、ギャンブル依存症・・・
様々な依存症があり、ニュースでもそれに関する事件が時々取り上げられる。その中には残念ながら再犯に関する報道もある。

依存症を克服できなかった人達、彼らに対しては、

『反省していない。』、『意思が弱い。』、『周りの期待を裏切った。』
そんな批判的なコメントがよく目につく。

そんなコメントに対して『依存症は心の病気』、『脳の病気』、『本人の意思だけではどうにもならない部分がある。』、『虐待などの過去のトラウマがそうさせている』そんな意見もあるし、実際そういう面があることも知ってはいる。

再犯の報道を見るたびに本当に克服が難しい病気なんだと思う一方で、やっぱりどこか腑に落ちないモヤモヤ感が残る。
結局のところ自分の体験として理解できていないからどうしても『本人の意思の問題』という考えを捨てることが出来ないのだと思う。

心の病気だろうが何だろうが、依存症が原因で周囲に被害を与えるようなことは絶対に防ぐ必要があり、そのためには本人の意思に関係なく依存症を絶つことが出来る仕組みや環境を整えることを含めて本人の意思の問題だと思っている。



でもこれはあくまでも依存症になった事の無い人の考え。

自分は何かの依存症になったことは無い。
大きなトラウマを抱えるような心の傷を過去に負ったこともない。

だから根っこの部分では彼らの苦しみや葛藤は全く理解できないに等しいと思う。
そういう普通の人間が言う正論はきっと依存症の人たちは響かない。
彼らの闇の部分には届かない。そして大切な家族や恋人の言葉でもたぶん厳しい。


おそらく、彼らを変えることが出来る言葉を持つ人はきっと同じ苦しみを経験して乗り越えて来た人達、現在進行形で戦っている人達。そんな人達だろう。

依存症だけではなく、心の病気全般に言えることだと思う。

依存症の人の心の闇
鬱病の人の心の闇
虐待を受けた人の心の闇、、

それぞれの闇を理解してくれる、いわゆる師匠や同志のようなそんな人間関係がやっぱり必要なんだろうなぁと朧気ながら思った次第。

寝よ。


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