適応障害になったあの娘が適応できなかった現実


こんばんは。
もう5月が終わりますね。

実は6月からうちのグループには研修を終えた新入社員が配属されます。
今日はその事前の顔合わせ見たいなことをしました。

ぱっと見た印象は『うぁ、めっちゃまぶしい・・・』
そんな感じでした。

数年前に配属された新入社員の話

数年前、私の下に新入社員(♀)が配属されてきました。
年齢が近いこともあり、私がその子の指導員的なことをしていました。第一印象は、やっぱり、『うぁ、めっちゃまぶしい・・・』でした。

最初の数か月は順調に仕事をこなし、真面目で努力家な性格もあり、一人できることも次第に増えて順調な社会人生活を送っていました。

しかし社会人1年目が終わる3月に、とある炎上プロジェクトにアサインされることになり、状況が一変します。

このプロジェクトの炎上具合がまたひどくて受注金額が5億程度の案件で最終的に3億くらいの大赤字になったプロジェクトでした。

お客も会社の幹部も常にピリピリし、何かトラブルがあればすぐに総点検、再チェックばかりで、戦力の逐次投入のように人が次々に増え、プロジェクトがカオスになっていきました。

だいたい総勢50人くらいのメンバーのプロジェクトで、私のチームは私をチームリーダーとして、新人のその子を含めた6人程度(残りは全員協力会社のオッサン達)という寄せ集めメンバーでした。


劣悪な環境への適応

毎日9:00~23:00まで空気の悪い部屋に寿司詰めにされ、訳のわからないぐちゃぐちゃなCOBOLのソースを読みそれをひたすらJavaに書き直す。

同世代の話相手もいない中で、お昼はコンビニのお握りを押し込み、少し机に突っ伏したらまた午後から仕事を始める。。。

個人的にはパーソナルスペースが確保できない、隣の人と直ぐぶつかるような狭い、プロジェクトルームで長時間作業をさせられることが一番つらかったです。

こんな感じ↓




またCOBOLのコンバージョン案件ということもあり、メンバーはコボラー(年寄りのクセのあるオヤジ)ばかり、新人の彼女からすると気軽に相談できるような相手ではありません。


そんな環境です。


劣悪な環境に、コミュニケーションの取りづらいメンバー、終わりの見えない仕事、複雑な仕様、経験の浅い彼女にとっては相当苦しい環境だったことでしょう。

ちなみに自分はお客との打ち合わせばかりで、あまり彼女のフォローまで手が回っていませんでした。(というか自分も相当やられていた。)

PJ参画から2か月後くらいから彼女のパフォーマンスが目に見えて悪くなり始めました。遅刻や休暇が目立ち始め、レビューで何度も同じ指摘を受けるようになる、ソースのディグレードや進捗報告のミスが多発する。



限界だったんだと思います。


そして最終的にドクターストップがかかり、彼女はPJを離脱することになりました。
病院の診断によると『適応障害』とのことで、結局そこから長期間休職することになりました。

電話越しに『すいません。』と謝る彼女に、



『適応障害って、あんな環境適応できないだろ、、、』



と思いながらも、自分もそんな環境を作り出していた要因の一つかも知れないと思うと、気の利いた言葉の一つもかけられず、ただ相槌を打つことしかできませんでした。

そして彼女は復帰後、別の部署に異動になりましたが、結局しばらくして退職したようです。風の噂では結婚して今は専業主婦をしているとか、していないとか。


もう、何年も前の話。



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