人生ゲームとモノポリー


こんばんは。
子供のころはTVゲーム以外に友達とワイワイ集まって遊ぶゲームとしてボードゲームというものがありました。

懐かしの人生ゲーム

ボードゲームと言えば『人生ゲーム』ですかね。
すごろくをベースにしたゲームでサイコロを振りながら途中で就職したり、結婚して、子供を産んだりしながら、最終的にゴールとお金持ちを目指して進んでいく。。。

そんなゲームだったと思います。

人生ゲームの世界観としては自分の人生は自分で切り開く、いい職業についてたくさんお給料をもらう、家庭を築くなど、他者との競争の要素はあるけどあくまでも参加プレイヤーがそれぞれ人生を形成することができるゲームです。


後からやってきたモノポリー

その後、後発でモノポリーというゲームが有名になってきました。
子供ながらゲームをやってみた時の感想は、人生ゲームよりはるかにいい意味でも、悪い意味でも刺激的なゲームでした。

同じくサイコロを振って駒を進めるゲームですが、ゴール(目的地)というものはなく、ひたすら同じところをグルグル回る、そして土地を買い占めその土地に止まったプレイヤーからお金を吸い上げていく、そんなゲームです。


モノポリーの世界観は奪い合いです。
それも徹底的な奪い合いで資本家が持たざる者から破産するまで奪い続けます。

ゲームの中盤である程度の体制が決まってしまうと逆転するのは困難、あとは資本家が弱者を徹底的に蹂躙するゲームに様相が変わり、ゲームと言いながらも結構最後はエグイ終わり方になります。

今まで人生ゲームしかやって来なかった少年時代の私にとって、モノポリーは面白さと同時に、少しばかりの残忍さを感じたゲームでした。

そう考えると、モノポリーは行き過ぎた資本主義というものを強烈に教えてくれるゲームです。

・基本的には奪い合い
・ある程度の体制が決すると逆転はほぼ無理
・資本弱者は徹底的に強者に毟り取られる


こんなところでしょうか。


ゲーム後半の心理状態

ゲームの後半になると勝っている人は本当に圧倒的な優越感、支配感を感じるようになります。人生ゲームとは違った種類の快感ですね。

人生ゲームにはない(ライバルの財産を吸い上げ、弱らせ徐々に追い込んでいく)過程がおそらく楽しいのだと思います。

このゲームが長きにわたり楽しまれているということは、おそらく人間が本能的に圧倒的な力で弱いものを徐々に追い込んでいく過程を面白いと思うからなのかもしれません。


逆に負けている側からすると後半は不快感しか感じないゲームになります。最後のほうはサイコロを振るたびに資本家にお金を取られ、『もうサイコロは振りたくない、、、』という精神状態になります。


ちなみに私たちが生きている現代の資本主義はどうなのでしょうか?
人生ゲーム的な世界(自分が頑張って富を築く世界)から、モノポリー的な世界(弱い相手から収奪して富を築く世界)に変質し始めていないでしょうか。


よく『世界の上位〇人が〇〇億人分の資産を保有している・・・』などのニュースを聞くたびにゲームも後半の段階に入っている、もうサイコロを振ることが苦しいと思う人も多く出てきているように思います。







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