国の借金と国民の借金


新人SE時代に上司に仕事の報告を行う時よくお説教を受けていたことがあります。

・まずは事実のみを正しく報告すること
・見解を話す場合は『これは見解ですけど、、』と前置きすること
・結論を話す時は論理を飛躍させないこと

こんなことを良く言われていました。

国の借金の話

よく聞く国の借金の話で、こんな内容が大体セットで書かれています。

財務省は10日、国債や借入金、政府短期証券を合わせた「国の借金」の残高が3月末時点で1087兆8130億円になったと発表した。18年4月1日時点の総務省の人口推計(1億2653万人、概算値)で単純計算すると、国民1人当たり約859万円の借金を抱えていることになる。(日本経済新聞

日経に限らず、国や政府の借金の話になると必ずセットで『国民1人当たり』という表現が付いてきます。

この記事、国の借金の話から突然、国民1人当たりの借金へと結論が飛んでおり、その結論を出す過程や見解が飛ばされているため、先入観なしでこの記事を見ると国の借金は国民が返済するものだと思わせてしまいます。


なぜ国民の借金になるのか

これは私の『見解』になりますが、おそらく以下のような論理で『国民の借金』という結論になったのだと思います。

①事実:国の借金は1087兆円だぁ(大変)

②見解1:借金は返さなといけないよね手っ取り早いのは増税かな(安易)

③見解2:国民の資産から増税分が国の借金返済に充てられるから実質国民が返済しているようなもんだよね(他人事)

④結論:国民一人当たりの借金は859万や(ドヤ)

とういう話の組み立てだと思います。


②、③のような見解までを記事にすれば当然別の意見も出てくると思います。

②はそもそも増税だけが解決方法にはならないという事、今の国の予算の見直し、不要な海外への援助などを縮小しその分を返済に回せばいい。

③は仮に増税を行うにしても国民ありきにする必要はない、儲かっている企業の法人税を上げてもいいし、増税の仕方も色々ある。そして実質的に国民が負担することになるかもしれないが、返済の義務は国にあるのであって、国民にはないという事。

このような結論に至る過程が無く、飛躍した結論のみを様々なメディアで見ることに違和感を感じます。


あの上司がこの記事を読んだらどう思うのだろうか。
結論を導くまでの過程って大事。。





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