『悩む』と『考える』


仕事初めから問題対応で関係者から色々怒られています。
私の調整ミスで協力会社に依頼する作業が漏れていたことが原因のトラブルです。

年末に問題が発覚し、仕事初めの今日、正式に関係者に報告しましたが予想通り怒られています。(そのことは別にしょうがない)

問題について『考える』

当然問題が発覚した時点で、問題の対処について『考え』ます。

・原因の分析:なぜ依頼が漏れたか
・影響:費用やスケジュール面でのインパクト
・対策:どのような方法でリカバリするのか
・横展開:他に同様問題はないか
・再発防止:同じことを繰り返さない対策

これぐらいのレベルまでは自分で報告相手からの突っ込みを想定して用意します。脳がちゃんと動いている実感があります。

ただ最後の再発防止については今の私の知見では具体的なレベルまでは落とし込めず、突っ込みどころ満載の状態です。ただ自分一人で考えるには限界があるので報告としては『具体的な再発防止策までは落とし込めません』という結論になります。

本来ならそこまで考えればひとまずこの問題については終了としていい(具体的なアクションはもう取れない)はずですが、、、、


問題について『悩む』

ここから先は本質的にいくら時間を使っても事態が好転しないことに『悩む』ようになります。(冬休み中、悶々としてました。)

・報告するときにAさんが出席したら面倒だな
・またBさん怒るかな
・何かいい言い訳ないかな
・Cさんに根回ししたほうがいいかな


突き詰めると『どうしよう?、憂鬱だな、はぁ。』と考えているだけで具体的な思考にまで落ちていない完全に思考停止の状態になってしまっています。

これってはっきり言って時間の無駄。
結局悩もうが、気にせず遊ぼうが待ち受ける未来にたいして違いはない。
だったら考えるべきことを考えたらあとは悩む必要なんてない。

割り切って時間を有意義に使うべき。
悩むことに意味はない。

そう、もっとドライにロジカルに行こう。






でも、、これが出来ないんだなぁ。




考えないで悩んでいるだけの状態になったら、あとは腹をくくって怒られる、助けを求めるだけなのに、グジグジと先の事を考えて憂鬱になってしまう。


何歳になっても、仕事や環境を変えても、変われない。
染色体のレベルで染みついているような思考の癖。


『自分の力では出来ないことがある』

『自分では考えが及ばないことがある』

『自分には理解できないことがある』


素直に認めて、頭を下げる、助けを求められるようになればもう少し人生楽になるんだろうなぁ。

悟りの境地に達する日は来るのだろうか?



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