鉱山の街・足尾に行ってきた


こんばんは。
今日は栃木の旧足尾町(日光市)に出かけてきました。
わたらせ渓谷鉄道沿線にある、かつて銅の生産で栄えた街です。


足尾町は銅と公害の街

旧足尾町は最盛期では3万人以上の住人を擁し、銅の生産で栄えた町でした。
当時は映画館やスケートリンクなども存在し、商店街は多くの人でにぎわっていたようです。(何となく夕張なんかと通じるところがありそうです。)

そして、有名な足尾銅山鉱毒事件が発生し『公害』という言葉が広く認識される切っ掛けにもなりました。その後、銅山閉山に伴い過疎化が進み今は日光市の一部となっております。現在はこの地区の人口は2000人程度の模様。


通洞駅から上流へ散策

桐生駅からわたらせ渓谷鉄道に乗り、1時間程度ゆられると足尾の玄関、通洞駅に到着します。その先の駅に足尾駅、間藤駅(終点)がありますが、実質足尾町の中心は通洞のようなのでこちらで下車。

駅前にも関わらず、人っ子一人いない状態。
廃墟マニアには最初からテンションが上がるシチュエーション。
一緒の電車に乗っていた中年の夫婦(観光)は足尾銅山の観光センターの方に向かって歩いて行いきました。私は渡良瀬川上流の足尾駅、間藤駅に向かって歩いて行きます。


足尾駅周辺、上流に進む途中でも車数台、観光と思われる男性1名とすれ違う程度で住人とすれ違うことはありませんでした。過疎っぷりが凄まじいです。本当に2000人も住んでいるのか?


途中で川辺に降りてみました。
川の水は驚くほど透明で綺麗、本当に公害の街なのかと思うほど澄んでいました。
ただ、生き物はいないようでした。


終点の間藤駅を通過してさらに上流を目指して歩いていくと銅鉱石の製錬施設(本山製所)の廃墟が見えてきます。


川上から、3基あるタンクが印象的、硫酸を生成する施設だったそうです。


大煙突、30mくらいの高さでしょうか。


このあたりの山は昔の公害の影響もあり、いまだに植物が大きく成長していません。
まるで冬期と勘違いするような荒れ果てたむき出しの山肌が見えます。
本山製錬所の往期の写真が飾られていました、その時からすでに山は死んでいたようです。


さらに上流に進むと、砂防ダムが見えてきました。
数段に連なって水が流れ落ちる姿は圧巻でした。背後に見える山もやはり禿山、植物は育っていないようです。



足尾の公害はまだ続いている

ちなみに当時の公害の影響は植物が育たない山肌だけではありません。

通洞駅の近くにある、簀子橋堆積場。(鉱滓堆積場とも呼ばれ、銅の製錬工程で発生する廃棄物(鉱滓)を水分と固形分とに分離し、その固形分を堆積させる場所です。)
生産が停止している今でも、当時の廃棄物は消えることなく今もひっそりと残り続けているのです。

私有地で立ち入り禁止のため入ることはできませんが、その様子はグーグルマップからも確認できます。茶色い鉱滓が堆積されているダムが見えます。このダムが決壊した日には下流の街は大変なことになるでしょう。
足尾の公害はまだ終わっていないということです。



上流から終点の間藤駅に向かい引き上げていく途中で通りかかった小さな集落、民家を警察官が一件、一件訪問して回っている姿が見えました。
おそらく高齢の一人暮らしの老人の様子を見て回っているのでしょう。

銅山の閉山と共に人も商店街もなくなり、公害の爪痕だけが残る街。
そんな街にもまだ住み続ける住人がいること、そしてそれが長くは続かないであろうことを思うとなんとも言えない気持ちになります。




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