成長という名の終わらないマラソン


最近会社の中期経営計画の資料を作らされています。
中期的にビジネスをどう拡大させていくか、そのためにはどのようなビジネスを立ち上げ、どんな人材を育成していく必要があるか、そんなことを考えています。(考えてもいい案なんか出てきません。)

変化・成長が義務になる

会社の存在意義なんて突き詰めるとどうやって儲けていくかということです。
売上を上げる、利益を出す。
この期待に応えるためには常に新しい製品を考える、ビジネスモデルを考えるということを求められます。

本来は小さなガレージや研究室で好奇心から始めた企画・製品がいつの間にか大企業になり、さらなる成長のための義務になってしまいます。

『成長しなくてはならない』、『改善しなくてはならない』、『変化しなくてはならない』まるで脅迫観念のように現状からの変化を求められます。


資本主義で生きる宿命

変化や成長を楽しむ間もなく次の変化・成長を求められる、資本主義の世界で生きることはおそらくそういうことなのでしょう。

はっきり言って、アマゾンのジャングルなどで文明から隔離された生活をしない限り今の資本主義の世界からは逃れることはできません。

つまり

常に変化を求め続けられる世界
常にスキルを向上させる世界
常に効率化をさせる世界
常に売上前年比増を求め続けられる世界
常に株価が上昇する世界
常にGDPが右肩上がりの世界

ゴールの見えないマラソンを永遠と走るそんなイメージです。

成長に限界はないのか、変化が破壊をもたらすことはないのか。
そんな危うさを抱えながら日々経済活動をしているのですね。



泳ぐことをやめたら死んでしまうサメ、、、
資本主義も前進することがなくなったら死んでしまうのでしょうか?




2 件のコメント :

  1. 資本主義は人間の欲を飲み込んでいきます。人間の欲にはキリがないので必然的に永遠に成長し走り続けるしかなくなってしまいますよね。欲にはキリがありませんが命には限りがあるのでそこそこで下車することが必要だと思います。

    返信削除
  2. そうですね。
    時間は有限ですよね。
    そこそこが一番。

    返信削除